日本古書通信 1997年3月号掲載

古書店の生活(3)

チャレンジ

       花井敏夫


 それは、一九八三年一二月に始まった。目白で永く営業している金井書店三代目が支店を出したのだ。それも、東京駅前の一等地?八重洲地下街にである。七・二坪という小さな店である。入居の誘いがあってから開店までは実に速かった。改装工事は一晩であった。退店店舗から夕方カギを受け取り、翌日の昼には営業を開始したのである。
 それまで、スーパーマンと称し、スーパーダイエーを中心に催し販売を積極的に展開していた。同時開催も、二カ所三カ所は当たり前のようにこなした。張り切れば張り切るほどに売れたが、疲れるし、陰りが見え始めたので、次の手を考えたのが、人出の多いところに店を出すことであった。人の集まるところでは多少家賃が高くとも勝算有りと考えたからだ。新宿を初め、繁華街のめぼしい所を交渉したが、「古本屋さんですか」の一言で話が進まない。あっと言う間に数年が過ぎてしまった。
 やっと実現した、金井書店八重洲店。何とか軌道にのせて、一〇年が過ぎ、次の欲が出てきた。もっと広い店に沢山の本を並べて、全集も、古書も、あれもこれもと。そんな時に、八重洲地下街の中でも八重洲ブックセンターに近い所に空き店舗が発生した。ちょっと奥まってはいるけれど、四〇坪は使いでがある。広いから、入居するにも大金を積まなければならないし、家賃経費も大きい。毎日のようにその場所の前に立ち、決断すべきか悩み抜いた。大家さんは是非出店して下さいと言う、家賃が入ればよい立場の人は当然勧める。家賃を払う立場のものは採算が合うか見積、検討するのだが、誠に残念というか、古書業界は出店に際し、比較検討するデータが皆無なので、最大の決定要素は、自分の経験と度胸である。八重洲店を何とか続けてきたのだから、何とかなるだろうと、自分では出店を決意し準備に取りかかった。
 売上を予測し採算を考え、銀行に掛け合い資金の準備をし、店舗設計をし、商品を準備し、数段、器を大きくしてのスタートである。勿論、業績不透明な冒険に、周囲は、出店反対ムードである。そんな状況の中での大きな賭け、チャレンジである。
 八重洲に大きな店を出すことは、結構派手な仕事のようで、ご同業の皆様にも注目されたようだ。同時に、マスコミの皆様にも注目され、朝日新聞等に紹介された。数百万円分の広告をしていただいたようなもので、誠にありがたいことである。
 そもそも、人出の多いところに出店しようとした目的は、顧客の固定化した古書業界より少しでも多くのお客様と接したいと考えたからであり、マーケットを拡げることは大変重要なことで、自分にとっても、業界にとっても、大変プラスになると考えるからである。
 しかし、自分の思い通りにならないのが人の常であり、苦戦が本音である。ビジネス書中心のブックセンターとは客筋が違い、「趣味的な」我が八重洲古書館には一部のお客様しか取り込めないでいる。でも、「今、買ってきた本が安く売られている。」と、悔しがるお客様もいらっしゃるのだから、今後に期待したい。
 仕入も売上からするとまだまだ少ない。住宅地と違い、ちょいと自転車でと言うわけには行かないので、持ち込まれても少量が殆どであるが、件数だけは増えてきた。お伺いすることも増えてきているが、住宅事情の関係で遠方の方の引き合いが多く、雑本であったり、少量であったりすると、お断りしている。でも、捨てられないと言うお客様は、送りつけてくる。当てが外れ、安くしか引き取れないこともあり、恐縮することも度々で、ご理解戴くのに平身低頭することがある。
 古書店と言っても、支店には主が店に立たない原則が当店には有るのだから、良いことも、悪いこともある。特に、八重洲では女性スタッフのみで運営しているので尚更である。一番大きな問題は、商品知識である。最近のものは良く知っているが、少々古い話になると弱い。電話によるsosはちょくちょくある。次に怖いのは、盗難。追いかけて捕まえる怪力は持ち合わせていないので、予防措置を打つしかない。地下街の警備の方にもこまめに巡回して戴いている。勿論、良いことの方が多い。店内のムードが明るいし、柔らかい。女性客も利用しやすいし、新刊書店と同じ感覚で入りやすい。だから、思わぬ本が売れたりするのである。新規開拓は重要なポイントである。
 ショッピングセンターに在る為に?バーゲンセールもやる。全集等を安く売るのである。「蒐カード」会員になると、来店しなくても、その特価で買うことが出来る特典も用意した。ポイントカードも発行している。世間でおこなわれている、販促活動を古書店にも導入、実行しているのである。
 交通便利な所に、立ち寄るメリットのある店舗を構え、古書を多く取り入れ、店売りを大きな柱にしようと言う、古書業界の流れに逆行する生き方を追求している。
 余談ではあるが、古書業界と離れてのお付き合いというのも大変勉強になるものである。小売業でありながら、異業種の方々と接することが出来ることは、ショッピングセンターに在籍するが故であろう。零細業者である私が、商店会の理事を務めたり、自衛防火隊の副隊長を務めたり、およそ、古書業界と縁のないことを体験しているのである。消防署長と並んで訓辞を述べたりするのだから。
 あと五年で、儲かる八重洲エリアにして、還暦を迎えるころには、お客様に喜んで戴けて、自分も余裕のある生活になっていればと夢見て頑張ります、皆様も応援して下さい。  (金井書店三代目)


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